中津川市と東隣の長野県阿智村との境にある標高1,595mの峠で、東山道最大の難所として別名「信濃坂」とも呼ばれていました。 弘仁6年(815)、この峠を通りその険しさと宿がないことを知った最澄は、峠をはさんで中津川側に「広済院(こうさいいん)」、阿智側に「広拯院(こうじょういん)」という宿を設けました。峠越えに苦しんだ多くの旅人がその恩恵に預かったとされ、この宿泊所はわが国の福祉の原点とも言われています。 現在、阿智村園原に広拯院跡と伝えられるところがあり、中津川市は神坂霧ヶ原地区に広済院顕彰碑が祭られています。
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