荒町の集落の中程の左手、竹藪の繁る小丘上にある。一名丸山城とも呼ばれている。案内板によると、永禄元年(1558)木曽義昌が築城、島崎監物により守られたと言われ、天正12年(1584)小牧・長久手の戦いの折り、徳川方に攻められ、島崎氏は破れ、妻籠城に逃れたという。この監物が藤村の祖先で、木曽義昌が網戸に移封後、野に下り馬籠宿本陣を勤めたと伝えられている。
このエントリーのトラックバックURL:http://enasan.net/mt/mt-tb.cgi/563
(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)
名前:
メールアドレス:
URL:
情報を保存する?
コメント:(スタイル用のHTMLタグが使えます)