上総国森岩寺の前住職越山和尚が、旅の途中茄子川の勝半蔵宅に泊まり、翌日裏の景勝地寺居山で、枯木の観音に遭い、亡師宗龍の石仏五百羅造立の遺言を思い出し、この地に五百羅観音建立に踏み切った。尾張の寺社役所の許可を得て、5年目の寛政10年(1798)多くの人々の寄進を得て山開きする運びとなった。五百羅漢であるが、現在は129体で、長い年月により傷も大きい。
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