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恵那文楽

中津川市が誇る古典芸能として、今も受け継がれている恵那文楽。その始まりは、元禄時代(1688〜1704)に淡路のくぐつ師(人形つかい)が、巡業で美濃国を訪れ、上演した人形浄瑠璃を、川上地区の人たちが伝承したことによると言われています。



恵那文楽の確かな基盤ができたのは宝暦年間(1751年〜1763)。名手・市岡銀蔵らの功績によるもので、それに続いて、多くの人々が技術の習得に情熱を傾け、「中津川宿の操り人形」として名声を広めました。江戸末期に黄金時代を迎えた恵那文楽は、明治維新の訪れとともに一旦その影をひそめましたが、小木曽滝蔵らが本場・大阪から指導者を招き、その技を教わって命脈は保たれました。
 その後、青年たちの間に復興の声が上がり、再び技の習得に熱が入れられ、昭和5年に名古屋の百貨店で公演を行ったことを機に次第に名声を回復。それ以来、人形の頭と芸は「恵那文楽保存会」によって大切に守られ、現在では毎年9月29日の恵那神社祭礼奉納で前宮境内にある直会殿にて上演されるほか、「ふるさと芸能文化発表会」等にも出演するなど、活動の範囲を広げています。
 なお、起源についてはもう1つ説があり、近江国・小椋に発する木地師のもたらした「木偶(でぐ)回し」の伝統を継ぐものとも言われています。


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