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文学碑

松尾芭蕉の句碑を始め、中津川市ではさまざまな文人たちの作品が刻まれた文学碑を目にすることができます。



俳聖芭蕉については、その流れをくむ美濃派の拠点であった中津川地方の興隆を物語るものとして、 中津川市内にも旭ヶ丘公園と医王寺の2ヶ所に句碑があります。

旭ヶ丘公園にある句碑に刻まれた「山路来てなにやらゆかしすみれ草」の句は貞享2年(1685)の作品で、「野ざらし紀行」の別名を持つ 「甲子吟行」に収録。句碑は安永元年(1772)に建てられましたが、昭和53年に現在の所へ移設され、「すみれ塚」 と呼ばれて親しまれています。

そして医王寺の境内にあるのが、元禄7年(1694)に詠まれた「梅が香りにのっと日の出る山路かな」の句碑で、 落合の俳人嵩左坊が建立したものです。
「のっと」とは早春の旅情を感じさせる「軽み」の表現で、当時「軽み」の表現は暮らしを詠んだ句によく使われており、 風景を詠んだ句としてはめずらしいものとなっています。

そのほか、若山牧水の「恵那ぐもり寒けきあさを網はりて待てば囮のさやか音になく」(桃山長多喜庭内)や、葉山嘉樹の 「馬鹿にはされるが真実を語るものがもっと多くなるといい」(落合5号区ふれあい広場内)、高浜虚子の「主人自ら小鳥焼き呉れて山河あり」 (桃山長多喜庭内)、虚子の高弟松本たかしの「恵那の雪ひとまづ消えし小春かな」(青邨記念館敷地内)、中津川出身の児童文学者酒井朝彦の 「夢と知と愛があってこそ 子供の世界は豊かになる やがて人生が開いてくる。」(苗木城公園内)が刻まれた碑など、 市内の各所で文学の香りに触れることができます。


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