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源齋岩

恵那峡のやや上流、付知川との合流点の近くにある、源済公園の中に源済岩はあります。



永禄元年、吉村源済が住んでいたという岩窟で、中は約3m四方、高さは2mほどの広さ。入口にはしめ縄が張られており、岩窟の裏手は、約4m四方の平坦な岩場になっています。
 吉村源済は才知に優れ、腕力に長けていたといわれる武将。その勇名を聞き及んだ武田信玄が、美濃を攻略し京都に進出するため、源済を味方に招き入れようとしましたが、それを断ったため怒った信玄に攻められて、戦死したと伝えられています。


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