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苗木城跡

木曽川の北岸、通称城山と呼ばれる高森山に築城された苗木城は、土岐氏と並んで東濃一帯を制していた遠山家代々の居城でした。現在は石垣を残すのみですが、ここを 訪れる人々はからは巨岩と石垣との壮大な組み合わせに感嘆の言葉がでるほど、この城 跡は山城独特の要害の堅固さが特色になっています。



城山の標高は433mで、山全体は巨岩に覆われ、南側の麓に流れる木曽川が天然の堀 となり、敵の侵入から守るには絶好の環境でした。また、天守から中山道と飛騨路が一 望できるという交通の要衝にあり、そうした地の利を活かして、苗木に城を移したとも 推測されています。

 城郭は、自然の岩盤や石垣を基礎とし、その上にかけ屋造りによって倉庫や小屋、武 器蔵などの建物を建て、それらを区切るように数多くの門が構えられました。三の丸、 二の丸、本丸が段階的に構築され、平地の城に見られるような、高階層的な建造形態をなし ていました。また、城壁は赤土のままだったと伝えられ、そのことから「赤壁城」とも 呼ばれていました。

 戦国から江戸に渡る長い歴史を秘めた城でしたが、明治維新後の廃藩置県を経て、明 治4年(1870)に城は取り壊されました。城跡は「小藩の城ではあるが、よく戦国時代 の面影をとどめている近世城郭として貴重である」として、昭和56年に国の史跡に指定 されています。

また、城山頂上からは中津川市街を一望でき、絶景スポットとして有名です。


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